視界が開けてて
とても気持ちいい。
そう。
ここは墓地だ。
家から近くて
空の広い場所。
なにも墓地に
来たいわけでなく
家の近くにある
空の広いところが
たまたま墓地なだけ。
都会のど真ん中。
されど静かな外。
たまたまやけど
死が身近に起こってる。
けんぞーのおかん
きんとんのおかん。
地元の友達のおかんが
立て続けに亡くなった。
おれは墓地にいて
別に公園と同じ感覚。
死を受け入れるほど
歳もとってないし
実感もないけど
死は隣にいて
もう敵でもない。
きっと悲しいこと
きっと寂しいこと
そして辛いこと。
でも
敵ではないと思う。
きんとんのおかーさん
受付にいっぱい写真置いてた。
まるで結婚式のように。
夫婦の若い頃の写真。
子どもが小さい時の写真。
孫たちと遊んでる写真。
友達とフラダンスしてる
とても楽しそうな写真。
あれだけ写真に飾られた
通夜もはじめてだったな。
けんぞーも
きんとんも
がんばれーと思う。
できることないけど
ただその場に行って
話を聞くことはできる。
なにも話さなくても
参列してら人の数や
表情から
どんな人生を生きたのか
想像することもできる。
書いてたら
月が出てきて
今日は半月だけど
とてもきれいだ。
みんながみんな
おっきい満月のときだけ
月を見上げて写真を撮るけど
欠けてる月もまたきれい。
人間もおんなじ。
普通なんてどこにもない。
みんな欠けてる。
欠けてるから
ぴったりハマる人がいて
パズルみたいで不思議。
もう少しだけ
深呼吸したら帰ろう。
ストレッチして
今日にさよならを。
明日のこと考える。
朝一で書く記事の想像。
やることは明確。
ほんとにあとはやるだけ。
今年の年末もまた
決めてやるだけ。
誰にもやらされてない。
自分の意思で選択してる。
これがおれの35歳の生き方で
自分で自分が誇らしい。
明日も明日とて
まっすぐ生きよう。
必死に、必死に。
必死に生きることが
かっこ悪いなんて言う
大人の言葉は聞くな。
いつか大学ができたら
入学式でそんなことを
みんなに伝えてあげたいなぁ。
夢を持って
ビジョンを描いて
たった一度の人生だ。
思うように
全力で生きよう。
そんなことを
真正面から伝えられる
かっこいい大人で在りたい。
まだまだ道半ば。
7年もかけてまだここ。
0からつくるってのは
ほんと途方もないなぁ。
よくがんばってるし
明日はもう一歩がんばれ。
死は隣にいる。
いつもそばにいる。
死を否定することなく
死を距離することなく
隣人だと受け入れる。
自分がいつ死ぬか
ほんとにわからないから
はじめて必死に生きれるんだ。
惰性で生きてる人間は
きっと人生でまだ一度も
大切な存在が死んでないか、
あるいは大切な存在の死から
なにも学ばなかったのだろう。
おれは別に
頭がとびきり良くはない。
でも考えてる。ずっとずっと。
死は隣にいて、
そして敵じゃない。
そういう感覚の35歳。
嫌いじゃないけど
ヘビー級の人間よなぁ。
考え方が重くて真面目で。
それがいい、おれは。
でも結婚は難しいかもなぁ。