小さな星がほらひとつ

37歳の感覚の話

30代前半までは

人生のコントロール範囲を

とことん高めてきたように思う。

 

余白は最小限にしながら

大部分をコントロール下に置いて。

 

今年に入ってからかな?

いつから感じ始めたのかわからんが

大いなる意志みたいなものと

繋がってる感覚が出てきて、

 

その感覚を持てるタイミングや

頻度や濃度?みたいなものが

前よりも強くなってる。

 

目の前で起きた出来事が

何を教えてくれようとしてるのか

前よりも明確に読もうとしてる。

 

直接的にわかるときは

すぐさま行動に移すけど

考えないといけんときもあって、

そのときは答えを探してる。

 

いずれにせよ

そこからくる内なる声聞いて

物事の判断を微調整してる。

 

わかりやすく言えば

「なるようになる」

って感覚に近いんやけど、

 

それは諦めとは全然ちがくて

最大限努力することは前提として

あくまでも起こる結果の話。

 

でも自分自身の選択や

ひとつひとつのプロセスでさえも

そういう感覚に感じるときがある。

 

個人的な宗教のようでもあり

特定の宗教に起因してない。

 

強いて例えるなら

自然の法則だったり

世界の成り立ちだったり

そういう類のものだと思う。

 

そういう類のものに

導かれてるような感覚。

 

いつでも決めてるけど

いつでも柔軟に変更できて。

 

強いと弱いとか、

明るいと暗いとか、

未来とか過去とか、

そういう対極にあったものが

どんどん境目をなくしていき

いつも中庸に立ててる感覚。

 

きっとまたひとつ近づいてる。

世界の真実みたいなものに。

 

だからなに

て話やねんけども、

確実に師匠たちが見てる世界へ

少しずつ近づいてると思う。

 

それは大袈裟なことでなく

はじめから在るものなんだろう。

 

生まれたての子どもたちが

みんな持ってるような感覚に

近いのかもしれない。

 

ここに望んで来た気もするし

導かれてる来た気もする。

 

いずれにせよ

悪い感覚ではないし

この方向で合ってるのはわかる。

成長するのとも違う。

 

コントロールを手放してるのに

だいたいのことがうまくいく。

そういう感覚。

 

合理的じゃないのに

結果、合理的になっていく的な。

そういう感覚。

 

いいことしたって

世界は変わらない事実を知りながら

それでも世界を変えると決める。

 

そんなところに立ちたいな。

ほんとうに極端な物事を

自分の中に内包してる。

 

そんなひとはきっと

かっこいい大人だと思うし

魅力的な大人でもあると思うから。

 

37歳の感覚の記録。