小さな星がほらひとつ

父方のじいちゃんが死んだ話

父方のじいちゃんが亡くなった。

もう3ヶ月前の1月末の話やけど。

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なんやかんやバタバタしてて、

言葉を残せてなかったから

書いておこうと思う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

大人になってから

いろんな友達に祖父母の話を聞くと、

だいたいの場合、うちのが距離近くて。

 

実家が新しい家に移るまでの

たぶん小五くらいまでは

隣の家に住んでたから、

学校帰りに毎日立ち寄ってたと思う。

 

思い出を振り返ればキリがないけど

ほんまに気のいい、いい人やった。

 

じいちゃん死んで悲しいけど

個人的には末期のときからずっと、

「よう生きたな」と思ってて、

 

東京から大阪に帰ってきてから

会える心の余裕があるときには

必ず立ち寄って顔見せに行ってたから、

大きな後悔もなかった。

 

そう思えるのは、

ミッキーが教えてくれたからやけども。

犬からの教えを大切にしてきたからこそ

「もっと会いに行ってたらよかった」

とか思わんかった。

 

身近な人間が亡くなるという経験は

これがはじめてなのに。

 

関わり方の部分で

後悔がないことが誇らしい。

自分自身に対してもそう思うし、

じーちゃんに対してもそう思う。

 

晩年のじーちゃんは

孫とはもうわかってなかったけど、

いつも「がんばってるか」て聞いてくれた。

 

それで毎回「がんばってるで」て答えたら

うんうん「そうかそうか」て言ってた。

 

じーちゃんから苦労話聞いたことないけど

人間として「がんばってるか」てことは

きっと大事に思てたんやろなぁ。

それは無意識なんやろけども。

 

おじいちゃん。

ぼく、がんばって生きてるで。

もう37歳にもなってしまったけど、

人生を全力で勝負して生きてるで。

 

まわりの同世代の人間たちが

ラクな道を選んでいく中でも

自ら望んで必死にがんばってるで。

 

いいじいちゃんでありがとう。

次なにに生まれるかわからんけど、

きっと心配ないで!

 

引き続き、がんばって生きや。

 

またいつかどこかの輪廻で

お会いしましょう。

 

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それまでサバラ!