昨日、母方のばーちゃんの
92歳の誕生日会をお祝いした。
やりたい仕事を優先して
東京に仕事で出てたときに
犬が亡くなってしまって。
死ぬほど後悔して
二度と見失わないでおこうと決めた。
自分にとって大切なことを。
ばーちゃんとじーちゃんたちが
4人とも何とか元気に生きてて
みんな90歳を越えた。
介護のことを中心に
そりゃ大変なことだらけやけど
家族が長生きするってのはまぁ
ありがたいことではある。
ばーちゃんとじーちゃんたちが
もし全員すでに死んでたのなら
もしかしたら東京で働く選択肢、
また出てきたかもしれない。
家族から遠く離れて
ひとりで暮らし生きるのは
それ自体が小さな冒険みたいなもんだ。
若いころの冒険は
場所の意味合いしかなかった。
二十歳のときにひとり旅したのは
当時の自分にとって、
大きな大きな冒険やったな。
時は流れて。
いまも冒険の最中にいるけど
今は日々、表現の冒険であり、
仲間とどこまでいけるのか
人生の冒険をしてる。
感覚的には変わらない。
どっちも好奇心がエンジンだ。
尾田栄一郎は言った。
冒険の対義語は「母」だと。
つくづく的を得た表現だと感心する。
明確に守るものがある人間は、
子を持つ母は、冒険には出ない。
あるいは出れないのかもしれんが。
それは人間も動物も等しく。
でもほんとは母だけではないと思う
家族もそうなんやと思う。
人間は大切なものが明確なら
そりゃ冒険するの怖くなる。
子供がいても、
守るべき家族がいても
ひたすら冒険するのは
ただのバカだな。
それをみんな理解してるなら
まぁそれはそれでいんだろけど。
あーしんど。
なんのしんどさかわからん。
生理でもないのに
生理みたいな心の重さ、
いやだな。