小さな星がほらひとつ

4人目の師匠の話

幻冬者の

見城さんの本を読んでる。

「たった一人の熱狂」を。

 

そしてそれと

同じタイミングで

バガボンドを全巻読み直した。

 

バガボンドで

天下無双と称される

伊藤一刀斎はまんま

見城さんだと思った。

 

伊藤一刀斎が

剣を極めた人ならば

見城さんは

資本主義での闘い方を

極めた一人だと思う。

 

見城さんはすごい。

それは疑う余地もなく。

 

特に仕事に向き合う

スタンスに共感はする。

 

やっぱり血反吐

吐くくらい必死にやらんと

自分のやりたいことなんて

できるわけがない。

 

資本主義をなめんな。

競争社会をなめんな。

ほんまに。

 

だからその競争を勝ち抜き、

資本主義の道を究めた見城さんは

やっぱり誰が見ても強い。

 

でも強いと思うと同時に

この人は弱いなあ

とも思う。

 

勝手な想像を言えば

心から信頼できる友達は

きっとひとりもいないだろう。

 

それはたとえ血を分けた

家族でもそうなんだろう。

 

心のどこかできっと

誰のことも信じていない。

 

本に書いてある

すべての言葉から

損得勘定を感じるし

この本の感想を一言で言えば

「おれすごいやろ」

が詰まった本だ。

 

「おれ」

という我欲に溢れてて

信じられるのはおれだけだ

という心がすべて出てる。

 

おれがおれが

おれがおれが

おれがおれが

おれがおれが

おれがおれが

おれがおれが

おれがおれが

おれがおれが

おれがおれが

おれがおれが

おれがおれが

おれがおれが

おれがおれが

おれがおれが

おれがおれが

おれがおれが

おれがおれが

おれがおれが。

 

すべての言葉が

「おれが/わたしが」

からはじまるひとで

ほんまにすごい人は

一度も見たことがない。

 

そういう人ほど

世間では評価されるけど

まったく別次元の話だ。

 

人のすごさというのは

その人の立場や知名度とは

まったく違う話なんだ。

 

資本主義の奴隷たちは

みなそれを同じに捉えるけど。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

バガボンド。

久しぶりに読んで

魂が震えてる。

 

井上雄彦さんは

バガボンドを書いてない。

 

あの世界に入って

キャラクターに入り込んで

筆が走るままに描く。

 

頭で考えて描いてない

筆に身を任せてる。

 

そんなこと

誰もできやしない。

というより

やろうともしない。

 

心を開けば開くほど

刺されることは増える。

 

他人の

何気ない一言や

愛のない行動に

心が深く抉られることもある。

 

だから心を開こうとすれば

それとあわせて心を

育てないといけない。

 

じゃないと

心が壊れる。

 

漫画の中の世界は

井上さんしか想像できない。

 

誰に相談もできないし

相談しても意味がない。

 

その孤独と向き合う

創造の時間を想像する。

 

この人は

なんて愛のある人だろうか。

なんて強い人だろうか。

 

バガボンドのワンシーンで

「弱さを経ていない強さはない」

という言葉が出てくる。

 

ほんとうにそう思う。

強い人なんて一人もいない。

ひとりもいないんだよ。

 

自分の弱さを受け入れて

はじめて強さの一歩目。

 

圧の強くて

強そうな雰囲気の人は

実は強くないんだよ。

 

自分の弱さを隠すため

「強そうなもの」で

自分を覆いすぎてる人だ。

 

ほんとうに強い人は

優しく、どこまでも愛情深い。

 

井上雄彦さんは

ほんとうに強い人だと思う。

 

バガボンドを通して、

キャラたちの人生を通して

それがすべて伝わってくる。

 

心から尊敬する。

大好きな師匠が増えた。

 

手塚治虫   93歳

宮崎駿       81歳

片岡鶴太郎  67歳

井上雄彦   55歳

 

みんな大尊敬する

真似して乗り越えたい

クリエイターだ。

 

彼らは決して

伊藤一刀斎なんかじゃない。

石舟斎だし胤栄だ。

 

なにかひとつの

「道」を極めることで

世界の

人生の

命の

魂の

本質に触れる。

 

だから

表現は違っても

辿り着くところは同じ。

 

「おれ」

なんてものは本来ない。

人間の本質は動物だし、

宇宙の、地球の、天の、

一部でしかない。

 

「おれが」「わたしが」

そんなことを平気で言ってる人は

何かを見てるつもりになって

その実、何も見えてなどいない。

 

だから天地と一つ。

ほんとうにそう思う。

 

 

 

 

 

 

 

ただ難しいのは

こういう感覚が

肌感覚でわかるようになるのは

きっと簡単なことではないし、

 

誰もがこういう感覚を持てたり

そもそも持とうとして動いても

辿り着けるわけでもない。

 

だし

辿り着かないほうが

圧倒的に生きやすくもある。

 

こんな感覚は

世間一般的な感覚の

ほとんど真逆なんだから。

 

世界のすべての解釈が

根本から反対になるんだから。

 

たとえ自分の生き方が

孤独な道であったとしても

一度その本質に辿り着いたら

もう変えることはできない。

 

そういう話だ。

一方通行なんだ。

 

いつの日か

井上雄彦さんとも

対話してみたいと思う。

 

きっとそんな機会はないし

作らなくてもいいんやけど。

 

それはだって

作品そのものが

師匠そのものだと思うから。

 

漫画を通して

ストーリーや

構成やコマ割りや

キャラの成長を通して

その人のことがわかる。

 

クリエイターとは

つまりそういう一族だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

なるほど。

絵も漫画も音楽も

世界にある表現すべては

そうやって楽しむものか。

 

理解した。

こんな簡単なことも

まだはじめて理解するレベルだ。

 

おれは

クリエイターとして

まだまだこれから。

 

でた

「おれは」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おれは」

の時点でやっぱり

まだまだ我があるなぁ笑

 

そういうものを手放したい。

過去を抱えて未来を描いて

「今この瞬間」を生き切りたい。

 

過去も未来も

すべては今のために。

 

なるほどなぁ。

井上雄彦さんカッケェ。

 

『おれは』

『おれが』

をほんとの意味で手放せたとき

おれはきっとまた大きく成長する。

 

やっぱり、おれは、だ笑

 

強くなろう。

もっと強く。

もっと優しく。

 

おれはどこまでも強く

どこまでも優しくて

そしてちょっとだけ

厳しい人になりたい。

 

おれがそう在りたいのではなく

それがほんとにすごい師匠たちの

共通点だからだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今の自分が、

「当たり前」に使ってる言葉が

バガボンドの中で出てきて、

 

井上雄彦さんの描いた世界や

キャラの言葉の数々が自分の中に

気付かない内に根付いてることに

気づいてとても嬉しい。

 

おれはクリエイターとして

ようやくスタートラインに立った。

 

もっと作りたい。

30代は必死につくりたい。

 

必死につくっていく中で

師匠たちに見えてる世界が見たい。

 

がんばろう。

今日も今日とて全力で。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

命を、生を、死を、

特別なものと扱わないことが

出来てはじめてほんとうの意味で

命の価値がわかる気がする。

 

生きる

死ぬ

殺す

 

犬の死から長らく

命には価値がないと

頭で答えを出して考えてきた。

 

でもその答えに

どこか違和感もあって。

 

そうじゃない部分も

少なからず自分の中にあって。

 

井上雄彦の言葉に触れて

その違和感がぐっと輪郭を

帯びてきたように思う。

 

まだ答えは出ないだろう。

焦る必要もないし

無理に答えを出す

必要もない。

 

けどもずっとそこに

向き合い続けてる。

 

命とは何で。

命の価値とは何か。

 

そもそも命に価値がない

とか言いながらも

会社として事業として

誰かの(命の)助けになりたいと

心から願ってい自分がいる。

 

まったく矛盾だらけの

自分の中の自分たち。

 

自分と向き合う時間を取りたい。

心と深く向き合うために

まずは体と向き合う。

 

心はいつも奥にいる。

心と対話するためには

体との対話が先にあるから。

 

命とはなにか

生きる死ぬ。

 

井上雄彦とおれの

命の捉え方の方向性は

近い方なんだろう。

 

バガボンドを読めば

それくらいわかる。

 

「命」

やはり価値はない。

高くも低くもない。

ただそこにあるもの。

やっぱりそうだ。

 

でも人生が、違う。

ストーリーがある。

価値が生まれるのは

時間や労力の長さと

そしてストーリーだ。

 

人間がおもしろい。

やっぱりそのものが

人生の一大娯楽だ。

ただ人間は重いし

めんどくさい。

 

そーゆー性質を含めて

人間が好きだとは思う。

 

井上雄彦の思想に触れたい。

井上雄彦に恋してる。

 

恋ってこーゆー気持ちよな。

その人自身はもちろん、

その人の見てる世界を

そのまま見たいと願うし

 

その人の見てる世界も

すべて愛しいと思える。

 

おれは井上雄彦に恋してるのかぁ

ほんま好きやなぁ、この人。

いつか会いたいなぁ。

 

もしほんとに

いつか会える日が来た時に

恥ずかしくない自分でいよう。

 

忙しい中で時間をもらって

「すみません」じゃなくて、

 

今日この日に辿り着くため

「毎日積み上げてきました」

と心から言える自分でいよう。

 

等身大で。

嘘偽りなく。

 

素直で

正直で

まっすくで。

 

人を、

世界を、

ありのまま

愛せる自分で。

 

図らずも

お互い坊主なのが

地味に嬉しいなあ。