『ピアノの森』というマンガが好き。
勇気をくれるマンガの一つとしてあげてる。
http://www.pololog.com/entry/2017/06/11/225025
いまNHKでアニメしてて、それはそれでいい感じ。
主人公の友達、雨宮は海外にピアノ留学に行くも、『あなたらしさがない』と先生に言われ続け、ついにはピアノを弾けなくなってしまう。
久しぶりにカイ(主人公)に会いたくなって帰国した雨宮はカイを探す。
バーで演奏してたカイの音はやっぱり心地いい。
カイの奏でる音色に酔いしれながらも、「クラシックはこうじゃないはず。クラシックはもっとちゃんとしたものだ!」みたいな葛藤をする雨宮。
答えが出せないままカイの家に遊びに行く。朝、書き置きを残して学校に行くカイ。
一人部屋に残された雨宮は、家中に書かれたカイの努力の痕跡を知る。
と、そこにカイの弟子を名乗る少年が。今日はレッスンの日だったらしい。
雨宮がピアノを弾けることを知らずに、「おれがピアノを教えてやる!」と息巻く少年はピアノを演奏しながら楽しく歌う。
「バーカ!アーホ!デーブ!カース!」
"奴らに贈るバラード"だそう。
少年いわく、まずはこうやって自由に弾くことで『心を正常に戻す』のだと。
「お前も弾いてみろ!」と促されるも、楽譜がないと不安でピアノを弾くことが出来ない雨宮。
「バーカ!アーホ!デーブ!カース!ほらっ!指は一本でいいんだ!好きなように弾くんだよ!」
何度も急き立てられて、ようやく弾き始めた雨宮。
なぜか涙が出てきて止まらなくなる。
カイが学校から戻ってくると少年が外にいる。「中で待ってればいいのに。」というカイに対し、「いまおれの弟子が心を正常に戻してるんだ」と答える少年。
こうして雨宮は『心を正常に戻した』というストーリー。
雨宮は真面目やから、コンクールに向けてクラシックの練習をして行く中で、
クラシックは『こうあるべきだ』とか、『こうしたほうがいい』とかって思い込みが強くなっていったんやろな。
でもカイと少年のピアノに対する姿勢とか、自分との向き合い方に触れて、
ピアノってもっと自由でいいんだ。
ピアノってもっと楽しんでいいんだ。
てゆう、子供の頃は当たり前に出来てたことに気づいたんやと思う。
その感覚がピアノの森で言いたい『心が正常』な状態なんやと思う。
人間っつーのはさ、結局、大人になるにつれて心がバグっていくもんで、
難しいのはさ、結局人間って心がバグってることに自分でなかなか気づかれへんのよなー
それこそピアノでもしてればさ、演奏は自分そのものなわけで、
心がバグってると雨宮みたく弾けなくなっちゃうんやろね。
でもほとんどの人は気づくことすら出来ん。
だって何が自分にとって『心が正常か』ってことがわかってへんもん。
おれはまだわかってるほうじゃないかとは思うよ?
じゃぁお前のバグってる基準どこやねんってなるとやな、おれはやっぱり子供の頃の感覚とのズレじゃないかなーと思う。
子供の頃の純粋な感覚。
なんつーかな、例えば今のおれは雨が降ったら『やだなーやだなー』て思っちゃうけど、
子供の頃のおれは雨が降ったら、とりあえず傘をフルスイングして逆に開いてさ、
傘の中に雨を溜めて、
バシャーっ
キャーーっ!
みたいに楽しんでたよね。
雨すらも楽しめてたよ。
うんうん。
なんかそーゆーことやな。
おれにとっての『心の正常さ』てのは。
こっからズレてるとおれはすぐに身体に出る。
体調壊れる。
これも前に書いたけど、おれは身体弱いから無理ができん。
でも、身体が弱いから、心のズレがよくわかる。
ありがたしありがたし。
だから風邪ひくたびに、
あーいま心がバグってんなーて思うわけ。
だからいつも考えてる。
どうしたら心を正常に戻せて、どうしたら心を正常に保てるかを。
好きなものは好きやし、
嫌いなものは嫌いやし、
悲しいときは泣くし、
ムカついたら怒るし、
あとはやっぱり大切なものは大切にしたいよね!
ほんまそれだけやなぁ。
3時間後には後輩の結婚式。
あいさつを頼まれてるのにまだ考えてない。
でもありのままで、等身大で飾らず、
セリフじゃなくて自分の言葉でなんか伝えようと思う。
今日もいい酒が飲めそうや。
今日もPEACEな一日にしよーっと。